『スティッキーフィンガーズ』

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2012年9月16日日曜日


「お前、ふざけんなよ、グラム千で話ついてんだろ? 千五百なんて出せるかよ」

 直規が強い口調でまくしたてると、窓際にもたれかかっていたタンクトップがサッと身を乗り出した。そして直規の鼻先でゆっくりと人差し指を左右に振りながらなだめるようにこう言った。

「落ち着きなよ、マイフレンド、これは本当に上物なんだ、三グラムにしたって何が変わるっていうんだ? 千ルピーぐらい、君達にとってはどうってことない額じゃないか。絶対に買っとくべきだよ」

 直規は、無言でタンクトップを一瞥すると、溜め息まじりに心路に言った。

「心路、どうするよ? 三グラムだってよ。話がややこしくなってる。長くかかりそうだぜ」

 少し考えてから心路は言った。

「じゃあ、三グラム買うとして、八百ぐらいまで負けさせるっていうのはどう? 俺と直規君で千二百ずつだったら金の方も何とかなるでしょ」

 二人が日本語で話していると、シバがその会話に割って入った。

「彼がいるじゃないか、彼と君達とでちょうど一グラムずつでいいじゃないか」

 智の方を見ながらシバはそう言った。

「智はやんないんだよ。それよりも、三グラム買ってやるからグラム七百にしろよ、だったら買ってやるよ」

 直規は、少し値段を下げて交渉を始めた。するとシバは、天を仰がんばかりに大袈裟に驚いてみせた。

「七百? 七百は無理だよ、だって三グラムで二千百ルピーだよ、本当ならグラム千五百で売ってるところをスペシャルプライスで千でいいって言ってるんだ、間違っちゃあいけない」 

「でも、俺らは二グラムって言ったんだ、そこを折れて三グラム買うって言ってんだぜ、せめて八百にしろよ、そうしたら三グラムで二千四百、悪くないじゃないか」

 しばらくそんな言い合いがシバと直規の間で続いた。しかしとうとうシバが折れたらしく、仕方ない、今回だけは特別に八百でいいよ、ということになった。
 さすがに直規も疲れた様子で、煙草を一本取り出すと溜め息まじりに火をつけた。そしてゆっくりと煙を吐き出しながらシバに向かってこう言った。

「シバ、試させてくれよ」

 シバは、直規の方を向いて少し考えてから、ああ、と言ってタンクトップに声をかけた。タンクトップはそれに応じて紙包みを直規に手渡した。
 心路、何か持ってるか?、と直規が尋ねると、心路は財布の中からクレジットカードを取り出した。直規は、心路の手からそれを受け取って、紙包みの上に盛られた薄い茶色の粉をカードの角で少しすくった。そしてくわえていた煙草を灰皿に置いて左手の中指で片鼻を押さえながら、カードの上の粉の小山をゆっくりともう一方の鼻孔に近付け、それを一息に吸い込んだ。

 直規の鼻の粘膜に異物が付着する。それは痛覚を刺激した。そしてじわじわと溶け始め、重力に従って喉の奥の方へと鼻腔を通って下りていく。嫌な苦い味が、直規の味覚を刺激する。

 直規は、しばらくの間、ムズムズする鼻を啜ったり少し指で擦ったりしながら効き目が表れるのを待った。その間に心路は、直規からカードを受け取ると粉をすくって同じように鼻から吸引した。そして鼻を擦りながら、シバに向かって、やる? という風にカードを差し出した。
 シバは、目を閉じゆっくりと首を振りながら、いいや、私はやらない、と胸の前で両手を広げた、と、その途端、直規が急に呻き声をあげた。

「うわっ、これ凄ぇ」

 直規は、俯きながら立っていたが、次第にゆっくりと膝に手を突き、そのまま床に座り込んだ。そして顔を上げると焦点の定まらない目で辺りを見回しながら、凄いわ、これ……、とぼんやりと呟いた。
 心路の方も効き目が表れてきたらしく、首を捻ったり瞬きをしたりと、急にそわそわし始めた。

「心路、どう、これ、凄くない?」

 直規が、空ろな目で心路を見ながらそう尋ねると、心路も、同じように、ああ、これ、いいよ、と嘆息した。

「今まで俺達がやってきたのと全然違うよ、全然違う……ああ、マジで凄いよ、これ……」

 二人は、しばらくそうやってひたすら悶え続けていた。
 その様子を見ていたシバは、満足そうにタンクトップと顔を見合わせながらこう言った。

「だから言ったじゃないか、スペシャルだって。嘘じゃなかっただろ? これだけ質のいいのはインドではとても珍しいんだ。君達はラッキーだよ、こんなのに巡り会えて。三グラムにしといて良かっただろう?」 

 直規は向こうの言いなりになったようで少し癪に障ったが、もうそんなことはどうでも良くなっていた。そんなことを考えること自体、下らなく思えてきた。

「ああ、いいよ、三グラム買うよ、グラム八百だから二千四百だな? それでいいんだろ?」

 シバは、目を閉じゆっくりと頷いた。
タンクトップは、腕組みをしながらシバの背後から直規と心路の様子をじっと眺めている。

「心路、金出せよ、千二百だ」

 直規がそう言うと、心路は、ああ、分かった、と頷いて財布の中から金を取り出そうとするのだが、財布の中身をしばらく探ると急に黙り込んでしまった。そして申し訳なさそうに直規に言った。

「直規君、ごめん、俺、両替えするの忘れてたみたい……」

 直規は、まさか、という表情で心路を見返した。


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