しばらくすると三人の目の前の扉の向こうから足音が近付いてきて、ガチャガチャと鍵を開ける音がした。そしてスーッと扉がゆっくり開くと、タンクトップシャツを着た筋肉質の若いインド人が姿を現し、入れ、と行って首を傾げた。髪は、ヘア・オイルでねっとりと撫でつけられている。
直規は横目で彼を見ながら頷いて、心路に、こいつがシバか?、と日本語で尋ねた。心路は、いいや、と首を振ると、そのタンクトップ姿のインド人は、シバという名前で会話を察したらしく、シバはもうすぐ帰ってくるからちょっとこっちで待っててくれ、と三人を二階の部屋へと案内した。
階段を上って連れて行かれたその部屋は先程その男が出てきた部屋で、どうも客室のようだった。ベッドが一つに木の扉のついた小さな窓が一つ、部屋の壁は外と同じく明るいベージュで塗られており、さらに壁一面にペンキか何かでカラフルな絵が描かれていた。それらはデフォルメされたヒンドゥーの神々だった。
後はゆったりとした籐製の背もたれ椅子が一つと小さなテーブルが一つ、電気スタンドが一つ、その他には何もない。典型的な安宿の一部屋だ。様々な日用品が辺りに雑然と並べられているのを見ると、どうやらタンクトップはここで生活しているようだった。
彼は、部屋に入るとベッドの上に腰掛けた。そしてそれに向かい合うように直規が籐椅子に座り、心路と智は座る所が無いので仕方なく、床に座った。
タンクトップは煙草を取り出すと、マッチで火をつけ深々と煙を吸い込んだ。それに釣られて直規も煙草に火をつけた。
「ヒンドゥー・ゴッズ」
壁に描かれた絵を眺めていた智を見て、インド人はそう言った。
「あなたが描いたの?」
智がそう聞くと、そうだ、と言って彼は得意気に何度も頷いた。
「シバはいつ帰ってくるんだよ?」
テーブルの上の灰皿を、床に座る心路の前に置きながら直規は尋ねた。心路は横目で直規に礼を言って、煙草に火をつけた。
「ああ、もう帰ってくる。今、ネタを取りに行ってるんだ。すぐ帰ってくるよ」
タンクトップは二人のその様子を眺めながら、窓の外にせわしなく煙草の灰を落としている。
「ここで働いてるの?」
智が彼に尋ねた。
「ああ、そうだ、シバと一緒にここで働いている」
「ここのゲストハウス、泊まってる人いる? 何だかシーンとしてるけど」
「いるよ、向こうの部屋に二組と下の部屋に一人。イギリス人の二人組とイスラエル人とフランス人のカップル、あとはドイツ人の五人かな」
「でも、誰もいないみたいだけど……」
「今、みんな出かけてるんだ」
「出かけるってどこへ? 町に出たってどこも閉まってるし……」
「知らないのか? 今日はパーティがあるんだよ」
それを聞いた直規と心路は、その瞬間、顔を見合わせた。
「知ってた? 心路?」
心路は、いいやというように首を振った。
「どこでだよ?」
直規が尋ねた。
「町から少し行った所だ。よくパーティ会場になってる小高い丘のような所があって、そこでやってるんだよ」
「行ってみる? 直規君」
心路がそう尋ねると、直規は、ああそうだな、帰りに行ってみようか、と言いながら体を屈めて、床の上に置かれた灰皿で煙草の火を揉み消した、と、その時、外で柵の開く音がするのが聞こえた。屈んだ姿勢のまま直規が顔を上げると、タンクトップは、窓から外を覗いて、シバだよ、帰ってきた、と言った。
智は、少し緊張して直規達の方を振り返ると、二人はとても嬉しそうに微笑んでいた。わくわくしているようだった。やがて階段を上る音が聞こえてきて、シバが姿を現わした。
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