「マジで凄いね」
「だろ? あと、この匂いだよ、まるで薬品みたいな匂いがするんだぜ」
パケットに入ったそれを、直規は智に手渡して、嗅いでみな、と目で合図をした。智は、パケットの口に鼻を近づけてその匂いを嗅いだ。
「凄い匂いだね。ツーンとくる匂いだ。何か、葉っぱのエキスを抽出して固めたみたいな感じだね」
直規は、嬉しそうにそれをパケットから取り出すと、少しほぐして心路の直していたボングに詰め込み始めた。
「スカンクっていうんだぜ、これ」
「えっ、何が?」
「このクサの名前だよ。アムスのクサは品によってそれぞれ名前がついてんだよ」
「凄いところだね、アムステルダムっていう所は」
「何せマリファナ合法の国だからね、オランダは、ククク」
声を押し殺しながら心路が笑った。
「ほら、智、いってみなよ。マジで凄ぇぜ。ボングでいったら一発だよ」
「でも、もう出かけるんだろ?」
「こういうのはちょっとキマッてるぐらいがちょうどいいんだよ。気にすんなよ、ほら」
智は少し躊躇したが、直規が強引に勧めてくるものだから断り切れなかった。
心路がライターを手渡す。智はライターに火をつけ、その炎を、ゆっくりとスカンクに近付けていく。そして大きく息を吸い込むと、コポコポコポという激しい水泡の音とともに大量の煙が一気に智の肺に充満する。たまらずむせた。むせ返って息苦しくなると頭に血が昇り、顔が熱くなる。その瞬間、マリファナの作用が一気に智の脳を刺激する。
「どう、智、スカンクは?」
「………」
智は咳が収まらず、まともに喋れない。
「ハハハ、ちょっと一気にいき過ぎた? じゃあ、俺もいっちゃおうかな」
直規は、物凄い勢いで煙を吸い込むと、すぐさま心路にボングを手渡した。そして次の瞬間、直規の鼻と口から大量の煙が一気に吐き出された。そのまま直規は俯いて動かない。心路も、渡されたボングにスカンクを詰め込むと、直規と同じぐらいかそれ以上の勢いで吸い込んだ。部屋の中は、この数分で、煙によって瞬く間に埋め尽くされた。
三人ともしばらく動くことのできない状態が続いた。あちこちから時折咳が発せられる以外は、部屋の外から聞こえるコオロギの鳴く声と、天井のファンの回る規則的な音の響くだけだった
———
「直規君、そろそろ行かないと……」
心路は、俯いている直規に向かってそう言った。ようやく直規は、落ち着いた、という風にゆっくりと顔を上げた。
「そうだな、行こうか、行かなきゃな……。しかしキマッたな、これは……」
下を向いたまま智は動かない。
「おい、智、大丈夫か? サトシ?」
智の肩を揺すりながら直規はそう言った。
「あ、ああ、そうだよ、行かなくちゃ、行くんだよな、ブラウンだっけ、そうだよ、買いに行くんだよ……」
「智、大丈夫かよ?」
「ああ、大丈夫、かなりキマッてるけど、歩けそうな気はするし……。多分……」
「ハハ、何とか大丈夫みたいだな。このクサ、トビが軽いからきっと歩き始めたらシャキシャキしてくるよ。よし、そろそろ行こうか」
直規と心路は、手荷物をまとめて立ち上がり、出かける準備をし始めた。
「俺、絶対何か忘れ物しそうだわ……。もし何か忘れてたら置いておいてね」
二人のその様子を見ながら智はそう言った。
「大丈夫だよ、明日にでも取りに来ればいいんだし、心配すんなよ」
智は、ふらふらっと立ち上がると、空ろな目で自分のサンダルを拾い上げた。霞む視界の中で悪戦苦闘しながらも、何とかそれを履くことはできた。
「俺、目、ヤバくない? キマッてるって余裕で分かるでしょ」
「大丈夫だって、俺らみんな一緒だよ、分かんねえって。ほら、行こうぜ」
直規は智の肩をポンッと叩いて外に出た。智も、ふらつきながら何とか直規について行った。
外に出てみるともうすっかり日は落ち、辺りは真っ暗な闇に包まれていた。昼間の暑さを忘れさせるぐらい涼しくなってはいるのだが、未だ冷めやらぬ熱気は、あちこちに悶々と残されている。
暗い池のほとりを歩いて行くと、その水面に、満月に近い丸い月が、ゆらゆらと揺れるように光っているのがとてもきれいだった。電灯の全くないこの夜道も、月明かりで何とか歩いて行ける程度には照らされている。
「月が、きれいだね」
独り言のように智が呟いた。
「ああ、今日は眩しいぐらいに光ってる」
足下を気にしながら直規はそう言った。辺りはとても静かで、三人の草を踏む音と虫の鳴き声の響くだけだった。三人とも無言で、皆、歩くことだけに集中していた。湿気た草の匂いが、やけに鼻につく。
「それにしてもよくこんな所にある宿を見つけたものだよね」
智が言った。
「ああ、心路は、何故だか知らないけどこういうの得意だからな。いつも安くて穴場みたいな所を見つけてくるんだよ」
「一泊幾らぐらいなの?」
「幾らだっけ、心路?」
心路は急に話しかけられたので、驚いてハッと顔を上げた。
「ハハハ、何ビビッてんだよ」
「いや、歩くのにハマッててさ、ずっと足下見てたら足音が心地良くって、それ聞くのに集中してたから……」
「お前キマリ過ぎなんだよ。俺らの泊まってるゲストハウスの話だよ、幾らだっけ?」
「百ルピーぐらいだったんじゃないかな、多分?」
「二人で?」
心路がそう答えると、智は驚いて聞き返した。
「ああ、確かそうだったと思うよ」
「俺の泊まってる所なんて百二十ルピーもするよ。もちろん一人でだよ」
「町の真中だったらそれぐらいはするよ。ここはちょっと外れになるからさ」
智はうらやましそうに頷いた。
「普通はこんなところ誰も来ないって。心路だけだよ、こんな宿探せるの」
直規がそう言うと、心路は少し照れたように微笑みを浮かべた。
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