『スティッキーフィンガーズ』

現在連載中のオリジナル長編小説です!不定期更新ですが、『スティッキー・フィンガーズ』こちらより全編を500円でご購入頂けます。何卒よろしくお願い申し上げます。instagram @harauru

2011年12月20日火曜日

ビンテージ70'sルイスレザーAVIAKITライトニングレディース36赤!#2 着用の図




オークション質問欄にてこのジャケットの着用図をご覧になりたいとのご要望がございましたので、僭越ながら私自ら袖を通して参りました次第でございます。

お目汚しとは存じますが、ある程度の雰囲気をお感じ頂ければ幸いでございます。






せいいっぱいツッパらかっております。お許し下さいませ。

ちなみにブーツも出品中でございます。






前開けの図でございます。

ちなみに私、身長175cm(ちょっとサバよんでます(●´艸`))58kgです。






横から見た図。






背後。



以上、こちら!こちら!にて出品中!

THANK YOU! SOLD!!!



何卒よろしくお願い申し上げますm(__)m


ちなみに私、年明けにthe原爆オナニーズ / FRICTIONThe Damned <ザ・ダムド>見に行く予定です。もし売れ残っててこれ着てましたらお声かけ下さい!お値打ちにしちゃいます!





2011年12月12日月曜日

JOHNSONS,LA ROCKA!の思ひで




先日、某王国にてこのような物を入手いたしました。

これは、知ってる人は知ってるのですが、パンクの聖地ロンドンのキングスロードにあったジョンソンズという店で販売されていたラ・ロッカというブランドが80年代に出していた物で、A-2タイプのフライングジャケットの背面に縫い付けられていた、フエルトとレザーで作られたパッチです。

もっともこれは、その世界では有名な人物によって忠実に再現された復刻ものなのですが、良くできていて、本物さながらの迫力です。

本当にかっこいいですね。惚れ惚れしてしまいます。



僕は、このラロッカのフライングジャケットには実に20年以上もあこがれ続けていたのです。



当時、中学生だった僕は、勇気を出して入った名古屋栄のアストアロボットで初めてこのパッチの付いたフライングジャケットを見て、そのデザインに、衝撃を受けました。

デザインはこの蝙蝠だけでなく、骸骨のパイロット、桜をバックにした戦闘機、あとは骸骨にハートと蛇の組み合わさった物と、4種類あるのですが、それがラックに何着も吊るしてあって…。

当時、ロボットに入ることはとても勇気の要ることでした。

どうしてかというと、それは店員さんが怖いからです。

当時中学生だったガキの僕にいらっしゃいませ、なんて、絶対に言ってくれず、ひたすらメンチを切り続けられるのです。

でも、パンクファッションの総本山であったその店に、僕はどうしても行きたくて、毎回勇気を振り絞って店員さんのメンチをひたすら避けながら入っていたのです。

それで、そのジャケットと遭遇したのでした。

何着も吊るされていたフライングジャケットは、10何万という正札がかかっており、試着はおろか、触れることすらできませんでした。

なので、いつも行くたびに、遠巻きに眺めていただけだったのですが、中学の何人かの不良の先輩達は、それを着ていたのです。

先輩といえど、たかだか中学生の先輩達がどうやってそんなに高価な物を着ているかさすがに不思議でしたが、友達から聞いた噂だと、どうやら、盗んだり、奪ったりしているみたいでした。

僕はますます怖くって彼らには近寄れなかったし、そのせいで、ラロッカのフライングジャケットを着る、ということ自体がもう僕の中で、それらのリスクを乗り越えた者だけに許された特別な、ある種の神聖な行為にまで昇華せられていたのでした。

当時、フライングジャケットだけでなく、ラバーソールやドクターマーチンのブーツなども、そういった「狩り」の対象で、それらはやっぱり、特別な者だけが着用することを許された、神聖なアイテムだったのです。



思えば物騒な時代でしたね。今ではあんまり想像もつきませんが、それらは本当にあったことです。

その証拠に、今回僕がこれを手にしたのは初めてのことです。もっとも、パッチ、それも一部のみで、完全な物ではないですが。ちなみに、ラバーソールも、最近初めて手に入れ、マーチンに至っては未だに履いたことがございません。



なので、僕はとてもうれしいのです。



これにふさわしいジャケットを選んで、オリジナルで作ってみるつもりです。ちょっとわくわくしますね。何せ20年の執念が篭っておりますから。



現在のファッションというのは、基本的にお金を出せばなんでも安全に手に入る物ばかりです。
その代わり、かつてのラロッカのように奪われる程の魅力があるかといったら、それは分かりません。

ラロッカのフライングジャケットは、未だに10万円以上で取引きされ、値段が下がることがありません。

それはやはり、かつてそれを手に入れる為に大変な苦労や危険があったことと無関係ではないでしょう。今そんな服やショップ、ブランドがあるでしょうか?

せいぜい開店前に並んだり、ローンを組んだり借金したり、その程度ではないでしょうか。

そういった物騒なことを肯定するわけでは決してありませんが、何やらそれらの怨念のような物がこもった気合の入った洋服やショップ、20年も30年も魅力的であり続ける普遍的なファッション。着続けられる洋服。

そういったものが、僕は好きです。

今の時代にはあんまり見当たりません。

それっぽい物は無数にあります。

だけど、それらは数年たてば消費され、消えていってしまう物ばかりです。気迫が感じられません。

決して回顧主義に浸るわけではありませんが、もう一度、そういった気合の入った洋服や店が出てきてほしい物です。

入るのも勇気がいるような。

決して、「いらっしゃいませ」なんて、言われないような。








2011年12月4日日曜日

マドレーヌちゃんのお友達たち#2




引き続き、お友達シリーズです。






右からマドレーヌちゃん、ダニエルちゃん、ノナちゃん、クロエちゃん、ペピートくん、そして愛犬ジュヌビエーブ。ノナちゃん以外(ノナちゃんはラーニングカーブのみ)全員レアなエデン社製ストレートハンドです。

ジュヌビエーブはマドレーヌちゃんの寄宿舎で飼われているお利口な、もと捨て犬です。
おなかを押さえると鳴きます。






後ろ姿です。それぞれ髪の色、長さ、カール具合がちがいますね。






エデン社製マドレーヌちゃんフェイスです。色が白く、輪郭、微妙に表情も違います。
あくまでも個人的な見解ですが、かわいさは、EDEN>ラーニングカーブ>ファミリアです。
このフェイスが一番だと思います。






ちょっとダメージありますが、ラーニングカーブ製ノナちゃんです。ノナちゃんはラーニングカーブ社でしか製造されておらず、ラーニングカーブ社製の特徴としてご覧のようにお顔が若干赤いです。
上のマドレーヌちゃんとお比べ下さい。

ただ、個体数が少なく、お友達の中では一番レア度が高いです。

その中でもお腹がツイストし、腕の可動範囲の広いタイプもございます。
こちらはさらに数が少ないです。

中古なら動かせば分かりますが、新品未開封ですと他に判別方法がないので開けてみるまで分かりません。

なので、ある意味新品開封確認済みというのが一番レアかも知れませんね。






エデン社製ペピートくん、ほんのりほっぺたが赤くてとてもかわゆいですね。
ちなみにペピートくんは登場する唯一の男の子でスペイン人です。 






おかっぱブロンドのニコルちゃんを忘れておりましたので、追加しておきます。
これで、フルコンプリート!



ですが、マドレーヌちゃん至上、最レアなのがワールドトラベリングシリーズ、以前このブログでも紹介済みの「アイルランドマドレーヌちゃん」!






衣装も独特のケルトの民族衣装で、個人的には一番好きです。






髪飾りはヘッドに固定式なので衣装のみの交換はできません。従って互換性が無く、ボディも含めてアイルランドマドレーヌちゃんなのです。





後ろ姿もこんなにお洒落!

くつもリボンのついた特別仕様。

箱付きのデッドストックですと海外オークションでも$200~$300、滅多に手に入りません。



こちらの商品はオークションにて出品中ですので、是非ともよろしくお願い致します!



以上、マドレーヌちゃんシリーズのドールを中心にお話をさせて頂きましたが、着せ替えの衣装、お家や家具などの付属品はたくさんございますので、機会を見つけて改めてご紹介させて頂く予定です。

なにか、ご質問やお探しの物等ございましたら、お気軽にご連絡 下さい。コメント欄でも結構です。

よろしくお願い致します。





2011年12月3日土曜日

Damned! Damned!! Damned!!!




2012/1/29名古屋クラブクアトロ見に行きます!!!

うーん、今から楽しみでしょうがない!!!






2011年11月23日水曜日

NOS マドレーヌちゃんのお友達たち





ダニエルちゃん




ニコルちゃん




ペピートくん




クラベル先生…


と、久しぶりにデッドストックのマドレーヌドールを出品いたしました。

今回のは全てEDEN社製です。

EDEN社とは初期にマドレーヌちゃんシリーズを作っていた会社で、その後、LEARNING CURVE社へと移行されます。

そのラーニングカーブ社の物は箱が青くなります。

EDENのは上のように緑ですね。大体2000年頃まで上の緑箱だったようです。

その後、青箱になるのですが、3-4年で生産中止、マダムアレクサンダー製へと移ります。

マダムアレクサンダーはアメリカでもっとも有名なドールカンパニーですが、ここが手がけたマドレーヌちゃんは、見事にアメリカンフェイスとなり、特に日本人のファンには受け入れられず、現在ファミリアで販売しているマドレーヌちゃんも昔のお顔を踏襲しております。

顔の表情をとってもそれぞれの会社によって異なっており、EDEN社のものは全体的にお顔が白いです。

ラーニングカーブのものになると、ちょっと赤っぽくて、顔の形も若干変わってきます。

個人的には、EDENのものが一番好きですね。



そして、EDENの中でも、初期の物は右手も左手もまっすぐで、物がつかめません。


いわゆる、ストレートハンドというやつですが、その後、小物が掴めないのに気づいたのか(?)丸くなります。

上の写真のダニエルちゃんがそうですね。

他の子たちは右手が丸くなっております。

こだわる方はレアものとして、ここまでこだわるようですが、私としては、物がつかめた方がいいようにも思えます。




ちょっと書き出すときりがないので、この続きはまた次回の機会に譲ることにします。




とりあえず、こちらで出品中!→こちら!


よろしくお願い致します┏(⊂:)゙ ペコッ



2011年11月14日月曜日

Seditionaries Parachute Shirt by A STORE ROBOT







ロボット復刻のセディショナリーズパラシュートシャツです。

名古屋のロボットに飾られていた奴だそうです。

写真では伝わりにくいですが、タイダイっぽい染めの風合いと、ところどころに散りばめられたダメージが、オリジナルさながらのオーラを放っており、むちゃくちゃかっこいいです。

マルコム&ヴィヴィアンの作り出したパンクムーブメント。

着るのを憚られる洋服たち。

ファッションの概念も音楽の概念も、みんな根底から覆してしまった1977年。

もう、パンクは死んだ、ロックは死んだと言われて久しいですが、

パンクが死のうがロックが死のうが生きようが、実はそんなことは関係なくって、どうだっていいんだ。

僕の中ではロックンロールは生きていて、未だに僕をゾクゾクさせてくれる。

こんな僕を肯定してくれる…。



気がするんだ。



そして、それも気のせいでも嘘でもどうでもいい。

僕は、そう思っているのだから。

そう、僕にとって、未だにロックンロールは、パンクロックは、真実なのだ。



オークションにて出品中→こちら!



2011年11月1日火曜日

のーふゅーちゃー in '69




「実録・連合赤軍あさま山荘への道程」という若松孝二監督の映画を、たまたま観た。 

途中からだけど。 

あさま山荘事件てのは有名で、当然僕も知っていて、それに関する本や映画もいくつかみたことはあったのだが、どうやらちょっと勘違いしていたようだ。 

山荘に閉じこもって機動隊とやりあった有名なシーンというのは実はこの事件の最終局面で、むしろ凄惨で残酷なのはそこに至る何ヶ月かの山小屋での閉鎖的状況での軍事訓練を兼ねた共同生活。 

この映画では題名通り、その道程が詳しく描かれていた。 

「総括」と「自己批判」の名の下にエスカレートしていく私刑、集団暴力。 

誰もが違和感を感じているのに操られ、そこから抜け出せない共同幻想。 

警察から追われる恐怖、や、仲間内での不信感、焦り、色んな物がないまぜになってその幻想はふくらみ、どんどんどんどん暴走していく。 

何だかそんなひょっとしたら今までの人生、学校生活や社会生活において味わったことのあるような、そんなひしひしとした身近な恐怖がじりじりと伝わってきて、ちょっとどきどきしてしまった。 

非常に陰惨で残虐。簡単に人というか、仲間が殺されていく。 



そんなに昔のことじゃない。自分の親ぐらいの年代だ。自分の親が若いとき、日本ではそんなことが同時におこっていたのだ。 



革命、革命、というけれど、彼らは一体、何をしたかったのだろう。 



どうしてチェ・ゲバラやフィデル・カストロのように、共産主義革命を達成できなかったのだろう。 



どうして葉巻をくわえた軍服のゲバラはあんなに知的でかっこいいのに、地味な服装をした化粧気のない永田洋子はあんなにもブスで、森恒夫はとうてい革命家とは思えないほど知性の欠落したヒステリックな芋みたいな表情をしているのか。 



よくわからないが、何だか上のグロテスクな絵が、その本質を全て表現しているようで、思わず貼ってしまいました。 



でも、こんなことは多かれ少なかれ日本という村社会の中で、起こっている気がする。 
僕が感じた身近な恐怖とは、いわゆるそういうことだろう。 
集団の中で孤立することのできない日本人。 
正しいことを言う、勇気。 

果たして僕があの場所にいたならば、意義を唱えられたろうか。 

いや、絶対に無理だな。 

そして、順番に回ってくる死を、ひたすら怯えながら、ふるえて逃亡の機会をうかがい続けていたことだろう。